NAOTO INABA

稲葉なおと
稲葉なおと Naoto Inaba 作家・写真家
公式サイト https://www.naotoinaba.com
東京工業大学建築学科卒業。
一級建築士。
1998年、短編旅行記集「まだ見ぬホテルへ」(日本経済新聞社)を刊行。以後、旅行記と写真を発表し続ける。
2001年、長編旅行記「遠い宮殿―幻のホテルへ」(新潮社)で第10回JTB紀行文学大賞奨励賞受賞。
2006年、資生堂ギャラリー及びハウス・オブ・シセイドウにて初の写真展を開催。
2007年、松下電工の世界の名建築ホテル写真カレンダー「ザ・ホテル」を手がける。
2008年、初の長編小説「ゼロ・マイル」を刊行。
2010年、初の児童小説「ドクター・サンタの住宅研究所」(偕成社)を刊行。
2013年、長編小説『サラの翼』(講談社)、長編ノンフィクション『匠たちの名旅館』(集英社インターナショナル)を刊行。
2019年、デビュー20周年記念長編小説「ホシノカケラ」を刊行。
2019年、永年にわたる建築文化発展への貢献が評価され、日本建築学会文化賞受賞
津山で出会った少年
その家は津山という町のこぢんまりした商店街に建っていた。
「実家」という言葉の意味さえよく理解できていなかった幼い頃、ぼくは毎年正月になると両親に連れられて、東京から父の実家と呼ばれるその家に泊まりに行った。駅からほど近い商店街なのにすぐ先には太い川が流れ、道を挟んだ反対側はそのまま山の斜面へと続いていて、もしかしたら狸や猪が隠れているのではないかと何度も眼を凝らしたのを覚えている。
その家には玄関がなく、化粧品店の石鹸の香りが漂う商品棚の合間を縫って奥へ歩くと、いつの間にか煮物の匂いが鼻をくすぐる台所の入り口に身を置いているという不思議なつくりの建物だった。ちらほらと雪が降る日に津山に着くとぼくには密かな楽しみがあって、それは商店街から挨拶もそこそこに建物の中を台所の突き当たりまで歩き、裏口の戸をそっと押し開くことだった。開けた瞬間すぐ足もとから遠くまで一面真っ白に染まった畑を目の当たりにするという体験は、窓の外にはお向かいの棟が立ちはだかる東京の団地住まいであったぼくに、まるで未知の世界へとつながる扉を開けてしまったかのような感動を与えてくれた。
東京から不思議な家への道のりは、丸一日かかるほど子どもには負担の大きい旅だった。けれども当時のぼくがそれを苦に思うどころか冬休みになるといつも津山に向けて出発する日を心待ちにしていたのは、ちょっと塩気のある黒豆入りの餅をこんがり焼いて腹一杯食べられることと、その家に住むふたりの少年と遊ぶのが楽しみだったからである。
ぼくの父は三人兄弟の長男で、ふたりは三男の子どもだった。ひとりがぼくのひとつ年下、もうひとりが五つ下だった。上の子とは年が近かったせいで、よく遊びつつよく喧嘩もした。お年玉として買ってもらったばかりのジャングル大帝の漫画本を手にしたその日にビリビリに破り合ったこともあった。台所で始まった取っ組み合いの喧嘩のリングが裸足のまま雪の敷かれた畑に移動していたこともあった。半泣き顔で相手のセーターを引っ張り合うぼくと上の子を、少し離れた安全な場所から、なんでこのふたりは寒いのにこんなところで掴み合っているんだろうとでもいいたげに、ぽかーんと眺めていたのが下の子だった。
雪合戦をしてもプロレスごっこをしても五歳下の子はいつも「ミソッカス」という肩書きでしか仲間に入れてもらえなかったのだが、ただひとつこのミソッカスにはぼくと上の子がどうしても真似できない得意技があった。炬燵を置くとさしてスペースの空いていない和室の隅で、下の子が両手両足を大きく広げてポーズをとるとおとなたちはその様子に注目し、両足がまたたく間に空中で美しい弧を描く側転を成功させると間近でサーカスでも見たかのようなやんやの喝采が起きるのだ。ぼくも上の子もミソッカスに主役の座をうばわれてなるものかと同じように両手を広げてアピールするのだが、次の動作は下の子のように奇麗に宙を舞うどころか無様に縮こまった足が空をもがくだけで、おとなたちからは拍手ではなく笑いが起きてしまいサーカスのピエロ役に甘んじるしかなかった。頬を引き攣らせるぼくと上の子に下の子は別に自慢するでもなく、部屋の隅でまた自分のやりたい時に自分のタイミングでその技を何度も成功させていた。もしも当時のぼくがもう10歳ほど年上だったら、クールな奴だな、とでもつぶやいたことだろう。
やがて、老舗和菓子会社の五代目社長となる上の子の名を、伸次といった。
炬燵の置かれた和室からドーム球場の特設大ステージへと舞台を替え、数人の親戚から数万人のファンへと観客を増やし、日本を代表するミュージシャンとなる下の子の名を、浩志といった。
あの頃のあの家のことをふと思い出す時、ぼくの眼にはいつも、ふたりの少年の姿が白い景色とともに浮かんでくる。
夢のホテルのつくりかた
夢のホテルのつくりかた
なぜ歴史あるホテルは居心地がよいのか 明治以降の日本のホテル史を俯瞰する、美しい名ホテル38 軒の知られざる物語 ホテルは事業主の熱意だけでできるものではありません。 接客のプロであるホテルマン、ゼロからかたちを生み出す建築家、現場で建築家の無理難題と格闘する施工者……。 彼らの想いも込めて、ホテルができるまでを描いています。 なかには、建築家が志半ばで天に召されたホテルもあります。 しかも残されたホテルは複数あって……
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4767828112/hanbaiguch081-22
稲葉なおと(著/文)ホシノカケラ
【近日発刊】書き下ろし長編小説 ホシノカケラ
岡山県津山市から上京、デビュー後、瞬く間に人気を不動のものにしたバンドのボーカル・香田起伸が初めて挑んだソロツアー。
失敗は絶対に許されない—。
その舞台裏には、ライブを成功に導くため、無理難題を次々と乗り越えていく現場の男たちの熱いドラマがあった。
(講談社、1,800円+税) https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784065149447
「サライ7月号」大特集「建築家の宿」
「サライ7月号」大特集「建築家の宿」
雑誌「月刊ダンスビュウ」で小説「こころに翼を」を好評連載中の稲葉なおと氏が、小学館発行の「サライ7月号」(6月9日発売)で、表紙を含めて40頁を取材し撮り下ろした大特集「建築家の宿」を発表する。世界にも名が知られる著名建築家が建てた宿10軒を、その宿ができあがるまでの物語とその魅力を、建築士でもある紀行作家の視点で綴っている。また、建築家の宿を愉しみ尽くすためのポイントも解説している。全国の書店で発売。
「マツコの知らない世界」出演!
12月19日火曜日 TBSにて
「圧巻!!」建築好きマツコも驚愕の名建築宿がぞくぞく…!!是非ご覧下さい。
月刊文藝春秋10月号にて
「東京百年建築」というテーマで13ページ分、写真とコラムを載せました。
コンビニや書店で目に付きましたら、是非ご覧下さい。
モデルルームをじっくり見る人ほど「欠陥マンション」をつかみやすい
モデルルームをじっくり見る人ほど「欠陥マンション」をつかみやすい
ほとんどのマンションには欠陥がある!
マンションの「欠陥」は、工事、だけではありません。間取りや共用施設など「建物の欠陥」だけでも様々です。
さらに、駐車場、修繕積立金、コンシェルジュなどマンションに住み始めてから気付く「欠陥」も数多くあります。
本書では、モデルルームをじっくり見ているだけではわからない、それらの欠陥を簡単に見抜く方法を紹介。
また、既に住んでいるマンションではどうすればいいのか? 対処法も示します。
(小学館、1,100円+税)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09379888
街の文化漂う 秘蔵の宿
紀行作家で一級建築士の稲葉なおとさんが、各地の旅館、ホテルを文と写真で紹介します。
出張で会社に気兼ねなく請求できる1万円程度の宿を探しました。
街の文化の薫り漂う秘蔵の宿をお楽しみ下さい。
http://mainichi.jp/premier/business/街の文化漂う+秘蔵の宿/
匠たちの名旅館
匠たちの名旅館
戦後日本を代表する「名旅館」を造り出した三人の建築家たちの足跡と、その宿を守り抜いてきた、関係者たちの苦闘を達意の文章と叙情的な写真で語りつくす本格ノンフィクション!
「旅と建築」をテーマに、長年にわたって取材や撮影を続けてきた著者の集大成とも言える一冊です。
平田雅哉・吉村順三・村野藤吾という昭和の匠たちの人生を軸に語られる「<やど>と<ひと>」の物語に、きっとあなたも魅了されるはずです!
(集英社インターナショナル、2,200円+税)
http://www.shueisha-int.co.jp/archives/2947
サラの翼
サラの翼
もうすぐ11歳になるサラは、ママが企画してくれた旅に出かけた。
行く先は地中海に浮かぶ美しい小国・ポルリア。
旅の相棒となったのは、ママの学生時代の“戦友”である、コウおじさん。一見ちゃらんぽらんなおじさんに、サラは旅に来たことを後悔するが、美しいポルリアの景色と、思いがけない出会いに、次第に心を開いていく。
最後に泊まったホテルで、サラは今回の旅の、本当の目的を知る。
小学生高学年から大人の読者に向けて、少女が鮮やかに成長していくさまを描いた著者最新の長編小説!
(講談社、1,300円+税)
http://bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2832275
まだ見ぬホテルへ
まだ見ぬホテルへ
建築プロデューサー志望の「僕」は、「究極の空間」を設計する夢を実現するため、20代後半から外国の憧れのホテルを見て回る貧乏旅行に出た。
ホテルにこそ、人の心を掴む空間のヒントが隠されていると思ったからだ。
米国のフェニックスでは、“裏ワザ”でまんまと「宿泊客」になりすまし(「フェニックスの寝床」)、エジプトのアスワンでは、老婦人が紹介してくれる“友人”に期待をふくらませる(「ミミ」)。
そして、イタリアのサン・ジミニャーノで出会った少年が教えてくれた精霊伝説に、「僕」は決意を新たにする(「ブラウニーの棲むところ」)
笑いと歯ぎしりと下心が満載!魅惑のホテルを舞台にした31編の旅物語。
物語の舞台になったホテルの魅力について、著者が解説する巻末付録も必読です。
(小学館、解説・藤田宜永氏、620円税込)
http://www.shogakukan.co.jp/books/detail/_isbn_9784094086300
0・マイル
0・マイル
かつて新進気鋭の写真家として脚光を浴びた吉川士朗は、あることが原因で長期の旅行を伴う撮影をやめてしまった。
日々の仕事に埋没していた折、旧知の編集長からフロリダを旅する紀行写真の企画を持ちかけられる。
しかも、小学2年生の息子・登士を「助手」として連れていくことに。
マイアミから米国最南端「0(ゼロ)マイルの街」へとドライブする父と幼い息子のふたり旅は、トラブルばかりだったが、マイル標示が「0」に近づくにつれて親子の距離も少しずつ変化していく。
そして「世界でいちばん美しい道」の果てで、ふたりが出会ったものとは……!?
父と息子の交流を描いた、作家・重松清さん絶賛の新感覚ロード・ノベル、待望の文庫化!
(小学館、解説・重松清氏、733円+税)
http://www.shogakukan.co.jp/books/detail/_isbn_9784094085778
ドクター・サンタの住宅研究所
ドクター・サンタの住宅研究所
昨日まで何もなかったはずのところに現れた、不思議な建物。
そこは、悩みをもつ子どもだけがたどりつけるという研究所で、世界中の家のことなら何でも知っているという博士が待ち受けていた。
博士の手にかかると、家には何も関係がないはずの子どもたちの悩みに、意外な解決策がみえてくる。
著者初の児童向け小説。
小学校高学年から読めるが、大人にも十分、面白さが伝わってくるので、読んだ大人が身近な子どもに贈りたくなるだろう。
(偕成社、1,200円+税)
http://www.amazon.co.jp/dp/4036431102
アール・デコ ザ・ホテル
アール・デコ ザ・ホテル
パリ、ロンドン、上海、サンタモニカ、……。ホテルを旅する紀行作家が、10都市余りを訪ね、泊まり、撮りおろした、著者初めての写真集。
1920年代以降、世界に伝搬した美の様式アール・デコが、今もって人々を魅了し続け、都市生活に息づいていることを生き生きと伝える。
(求龍堂、2,600円+税)